潮風と 日差しの下で バーべキュー
2004年8月21日 日常インドネシア友がBBQを海でするから、来い。
という誘いを受け、ドニーに言われるままボードとウェットスーツを掴んだ。BBQ前(朝)に乗り込んで駐車スペースを確保し、且つ昼まで波乗りしようという魂胆だ。
さすがに朝だけあって、駐車場はそれほど混んでいない。難なく車を停める。波のサイズは、とても小さい。湘南を思い出す。水のキレイさは格段に違うけど。久々に入った海の水はとても透き通っていて、底の砂と、その砂に落ちた自分たちの影が、水面の揺らめきと呼応して屈折した形を作っていた。
なぜ、人はBBQが好きなのだろう?
朝早くから場所取りして、家から持ってきたグリルに火力となるチャコール?をぶち込み、ごうごうと音を立てる火の上に、おそらく昨日の晩から漬け込んだ肉を乗せ、たとえそれが焦げてしまっていたとしても、美味そうに食べるのだ。
青空の下と自然の中で、普段と違う非現実的時間(空間)を作り出して、皆とその時間を共有するため?
しかし、非現実を作り出すのに、鉄製のキレイなグリルや人工燃料、はたまたCDラジカセといった文明道具は現実そのもので、ここにオレは矛盾を感じるのだ。
ボーイスカウト時代、窯は大きな石を並べて作ったり、マッチ一本から調理ができる程の火力に育てることを経験してきた俺にとっては、これが非現実空間を作り出し、飯を作ることだけで最高に楽しかった記憶がある。
その後、キャンプやBBQにその類の面白さはなくなった。
キャンプ場やBBQできる公園はキレイに整備され、確かにすごく便利になったのだけれど、現実世界ではなかった不便さの中にあった非現実感が消えた。
とはいえ、美味しく焼けた肉は好きだし、うまい♪肉だけで腹いっぱいにはなれない(味が濃くてたくさん食べれない)のは、とても残念だ。
という誘いを受け、ドニーに言われるままボードとウェットスーツを掴んだ。BBQ前(朝)に乗り込んで駐車スペースを確保し、且つ昼まで波乗りしようという魂胆だ。
さすがに朝だけあって、駐車場はそれほど混んでいない。難なく車を停める。波のサイズは、とても小さい。湘南を思い出す。水のキレイさは格段に違うけど。久々に入った海の水はとても透き通っていて、底の砂と、その砂に落ちた自分たちの影が、水面の揺らめきと呼応して屈折した形を作っていた。
なぜ、人はBBQが好きなのだろう?
朝早くから場所取りして、家から持ってきたグリルに火力となるチャコール?をぶち込み、ごうごうと音を立てる火の上に、おそらく昨日の晩から漬け込んだ肉を乗せ、たとえそれが焦げてしまっていたとしても、美味そうに食べるのだ。
青空の下と自然の中で、普段と違う非現実的時間(空間)を作り出して、皆とその時間を共有するため?
しかし、非現実を作り出すのに、鉄製のキレイなグリルや人工燃料、はたまたCDラジカセといった文明道具は現実そのもので、ここにオレは矛盾を感じるのだ。
ボーイスカウト時代、窯は大きな石を並べて作ったり、マッチ一本から調理ができる程の火力に育てることを経験してきた俺にとっては、これが非現実空間を作り出し、飯を作ることだけで最高に楽しかった記憶がある。
その後、キャンプやBBQにその類の面白さはなくなった。
キャンプ場やBBQできる公園はキレイに整備され、確かにすごく便利になったのだけれど、現実世界ではなかった不便さの中にあった非現実感が消えた。
とはいえ、美味しく焼けた肉は好きだし、うまい♪肉だけで腹いっぱいにはなれない(味が濃くてたくさん食べれない)のは、とても残念だ。
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